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静岡地方裁判所 昭和42年(行ウ)30号 判決

原告 鈴木章 外七名

被告 浜松市公平委員会

主文

被告が原告らの申立てにかかる不利益処分審査請求事件につき昭和四二年八月一〇日付をもつてなした各請求を却下するとの裁決はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の求めた裁判

一、原告

主文同旨の判決。

二、被告

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」

との判決。

第二、当事者の主張

一、請求原因

(一)  原告らはいずれも浜松市職員として、原告鈴木は理財部市民税課に、同山口は民生部戸籍課に、同宮本は保健部国民健康保険課に、同徳田は建設部都市計画課に、同杉本は理財部収納課に、同高林は保健部国民健康保険課に、同古賀は保健部衛生課に、同嶋村は理財部収納課にそれぞれ勤務していたところ、訴外浜松市長は昭和四二年一月七日原告鈴木および同山口に対し一月の停職処分を、同宮本、同徳田、同杉本、同高林、同古賀および同嶋村に対し戒告処分をそれぞれ行なつた。(以下単にこれらの処分を本件各懲戒処分という。)

(二)  しかし、本件各懲戒処分はいずれも正当な理由なく行われた違法な処分であるので、原告らは昭和四二年二月一〇日被告に対し、それぞれ右処分の取消を求めて、地方公務員法(以下単に地公法という)第四九条の二および第五〇条第一項の規定に基き、公開口頭審理による不利益処分審査請求の申立てをなした。

(三)  ところが、右各申立てを受理した被告は、原告らの再三にわたる公開口頭審理開催方要望を無視したまま、同年八月一〇日突如原告らの申立てはいずれもこれを却下する旨の裁決(以下単に本件各裁決という)をなした。

(四)  しかして、本件各裁決の理由は、地公法第三七条第二項は同条第一項規定の争議行為等を実行・企画・立案・教唆、煽動したものは、その行為の開始とともに、地方公共団体に対し法令または条例、地方公共団体の規則若しくは地方公共団体の機関の定める規定に基いて保有する任命上または雇用上の権利をもつて対抗することができなくなるものとする旨規定しているところ、原告らはいずれも地公法第三七条第一項によつて禁止されている争議行為にあたる行動をしたものであるから、同法第四九条の二第一項に規定された不服申立ての権利を失つたものと認められる、というのである。

(五)  しかしながら、本件各裁決は次の理由から明白に違法である。

(1) 本件審査請求申立てにおいては、原告らはいずれも公開口頭審理を通じ本件各懲戒処分の違法、不当を実証しようとし、その旨被告に請求していたのであるが、被告がこれを全く無視して申立却下裁決をしたのは極めて不公平であり、地公法第五〇条第一項に違反し違法である。

(2) 被告は証拠に基かず、一方的に原告らが地公法第三七条第一項の争議行為にあたる行動をした旨認定したが、これは勿論法令違反であり、予断偏見による独断である。

(六)  よつて、原告らは被告のなした本件各裁決の取消を求めるため本件請求に及んだ。

二、請求原因に対する答弁

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実中、原告らがその主張する如き不利益処分審査請求の申立てをしたことは認めるが、本件各懲戒処分が違法な処分であることは否認する。

(三)  同(三)の事実は認める。

(四)  同(四)の事実は認める。

(五)  同(五)は否認する。

三、被告の主張

(一)  本件各懲戒処分について処分者浜松市長はその処分理由として「浜松市職員組合が人事院勧告の完全実施と称して昭和四一年一〇月二一日午前八時三〇分から同八時四五分にわたる争議行為を行つた際原告らが同組合役員として当局の再三の注意警告を無視して同組合員に対して争議行為の実行を教唆・煽動し、自らもこれに参加した」とし、原告らの右行為が地公法第三七条に違反するとした。それに対し原告らは不利益処分審査請求書において、「請求者の昭和四一年一〇月二一日の行動は浜松市職員組合の組合員として正当な組合活動をしたものである」と主張した。すなわち、原告らは処分者のいう昭和四一年一〇月二一日の争議行為を行つたことを自認、自白し、その上でこれに対する法律的評価について不服を唱えているのである。しかし地方公務員の争議行為が違法であることは明白である。

そこで、被告は、原告らの審査請求書の記載自体によつて、原告らには地公法第三七条第二項の規定によつて不利益処分審査請求権がないものと判断して本件各裁決をしたもので手続上何等の違法もない。

(二)  また訴訟において訴権の有無が職権調査事項であるのと同様、公平委員会においても審査請求があつた場合にはその審査請求権自体の有無を職権で調査しなければならない。

そこで、被告としては、前記のように原告自身争議行為を自認しているものと判断したが、なお慎重を期し、職権をもつて資料の収集、検討を行つたが、その結果によつても原告らが争議行為を行つたことが認められたので本件裁決を行つたものである。

(三)  さらに、不利益処分の審査請求に対しては、公平委員会は、「その処分を承認し、修正し、又は取消す」のいずれかの措置を執らなければならない(地公法第五〇条第三項)。請求の棄却及び却下はともに「処分を承認」する旨の裁決で、ただ審査手続との関係から、「棄却」と「却下」とを区別しているのである。従つて、却下の裁定を受けた請求者は処分の取消しを求める抗告訴訟を提起すればよいのであつて、裁決取消しの訴えを提起する利益を欠くものといわなければならない。

行政事件訴訟法は、「処分の取消しの訴え」と「裁決の取消しの訴え」とを規定しているが、本件の不利益処分審査請求の如く、審査請求が処分の取消訴訟の前置要件とされている場合にあつては(地公法第五一条の二)、裁決手続に対する不服もまた処分取消訴訟に含まれるものと解すべきである。何となれば、同法第八条第二項第一号の規定により、審査請求があつた日から三カ月を経過しても裁決がないときは、同条第一項但書にかかわらず処分の取消しの訴を提起することができるのであるから、かく解さなければ、審査前置主義は無意味となり、濫訴を誘発するに至ることは必至である。

よつて、原告らの本訴請求は訴の利益を欠く。

四、被告の主張に対する答弁

(一)  被告の主張(一)は争う。

被告は、地公法第三七条第二項が同条第一項該当の争議行為者の不利益処分審査請求権を失わしめると主張するが、その解釈は明白な誤謬である。地公法第三七条第二項の規定が不利益処分審査請求権の保障を奪う規定でないことは、争議権をふくむ労働基本権の制限とその違反への制約とは必要最小限度にとどめられねばならないとする憲法第二八条の要請からして明らかなことである。

また、被告は、原告らは被告に提出した審査請求書において原告らが地公法第三七条第一項に該当する争議行為を行つたことを自認した旨主張するが、原告らは、右請求書において右のような争議行為を行つたことを自認したことはなく、むしろこれを否認して争つていたのである。

(二)  同(二)のうち被告が職権をもつて資料の収集をしたことは認めるが、その余の主張は争う。

たしかに、一般に訴訟要件は多くが判定機関の職権調査事項とされている。しかし、それだからといつてこの場合には判定機関がどのような証拠調をしてもよいということにはならないのであつて、職権による証拠調であつても、証拠調であることには変りがないから、適正な手続でなされなければならないことはいうまでもないことである。このことは、民事訴訟法第二八条、第二九四条、行政不服審査法第二七乃至第三〇条等においては当事者の尋問権等が保障されていることや、行政事件訴訟法第二四条但書においては当事者の意見を聞くことになつていることからも明白なことである。従つて、本件の場合、被告が原告らの意見を徴することなく全く秘密裡に調査をすすめたことは、明らかに違法な手続であるというべきである。

第三、立証〈省略〉

理由

一、(一) 請求原因(一)ないし(四)の事実は、本件各懲戒処分が違法であるとの点を除いて当事者間に争いがない。

(二) また、被告の主張のうち、被告は、原告らの不利益処分審査請求権の有無を判断するため、昭和四一年一〇月二一日に原告らがなした行為について職権をもつて資料の収集、検討を行つたことも当事者間に争いがない。

二、そこで、被告のなした本件各裁決に違法な点があつたかどうかにつきまず検討する。

(一)  被告代表者尋問の結果によると、被告は、地公法第三七条の解釈に関して、およそ地方公務員の職員団体の争議行為と目される行為であればすべて地公法第三七条第一項に違反する争議行為であり、しかも、そのような争議行為を行つた者は、同条第二項により不利益処分審査請求権自体を失うのだという解釈をし、その解釈を前提として本件各裁決を行つたことが認められる。

(二)  しかし、地公法第三七条第一項の趣旨は、地方公務員の争議行為が公共性の強い公務の停廃をきたし、ひいては住民の生活に重大な支障をきたすおそれがあるので、これを避けるためのやむをえない措置としてそれらの争議行為を禁止したものに他ならない。もとより地方公務員の職務は、一般的にいえば多かれ少なかれ公共性を有するとはいえ、その程度は強弱さまざまであつて、その争議行為が常に直ちに公務の停廃をきたし、住民生活全体の利益を害するとはいえないのみならず、ひとしく争議行為といつても、種々の態様のものがあり、きわめて短時間の同盟罷業または怠業のような単純の不作為のごときは、必ずしも住民の生活に重大な支障をもたらすおそれがあるとはいえない。したがつて、地方公務員の具体的な行為が前記法条の禁止の対象たる争議行為に該当するかどうかは、それらの行為を禁止することによつて保護しようとする法益と、労働基本権を尊重し保障しようとすることによつて実現しようとする法益との比較考量により、両者の要請を適切に調整する見地から判断することが必要である。そしてその結果は地方公務員の行為が右の争議行為に該当し、しかも、その違法性の強い場合も勿論ありえようが、その態様からいつて違法性の比較的弱い場合もあり、また、実質的には右条項にいう争議行為に該当しないと判断すべき場合もありうるのである(最高裁判所昭和四一年(あ)第四〇一号、同四四年四月二日大法廷判決参照)。

(三)  そうだとすれば、被告は原告らの審査請求に対して地公法第三七条第二項を適用してその請求を却下するためには、原告らの昭和四一年一〇月二一日のいわゆる争議行為が、たんに外形的に存在していることばかりでなく、その行為が実質的に地公法第三七条第一項に禁止されている争議行為に該当するだけの違法性を具備していることまで審査・認定することが必要である。

(四)  しかるに、本件においては、被告は前記(一)の前提に立つて原告らが争議行為を行つたことを自認しており、かつ、被告の職権による調査によつても原告らが争議行為を行つたことは明白だから、原告らは不利益処分審査請求権を失つたものであるとして本件各裁決を行つた。

(1)  しかし地公法第三七条に関する前述(二)の解釈からして、乙第二ないし第九号証の各一、二の記載だけでは、原告らが同条第一項に違反したと認められる程にまで違法性を帯びた争議行為を行つたことを自認したものとはいい難い。

(2)  また被告の職権による調査は、被告の主張によれば原告らの審査請求権の存否を確定するためのものであるが、前記(三)のように、右調査は原告らのいわゆる争議行為の違法性の有無にまで及ばなければならないから、必然的に本件各懲戒処分の適否の調査と相掩うことになる。

ところでその懲戒処分の適否こそ原告らが被告に対し審査請求をする対象であり、その審査について原告らが公開口頭審理を求めているところである。

したがつて、本件において被告は、原告らの審査請求権の存否を確定するためであつても、公開口頭審理を経ないまま任意の方法で、職権調査することは許されないと解すべきである。

しかるに、被告のなした職権調査なるものは、原告らの公開口頭審理の請求にもかかわらず、その手続を経ないでなされたものであつて、その結果被告が原告らは争議行為をなしたと認定したのは違法である。

(五)  したがつて、被告のなした本件各裁決には、審理不尽および事実誤認の違法があり、右違法は本件各裁決を取消すに足りる違法であると認めるのを相当とする。

三、なお、被告は本件訴は訴の利益を欠く旨主張するので、その点について付言する。

被告はその理由として、原告らは、行政事件訴訟法第八条第二項の規定により、審査請求があつた日から三ケ月を経過しても裁決がないときは処分の取消しの訴を提起することができるから、裁決に対する不服も処分取消訴訟に含まれると解すべきであり、したがつて本件のごとく却下の裁決を受けた審査請求者は「処分の取消しの訴え」を提起すべきで、「裁決の取消しの訴え」を提起する利益を欠くというのであるが、行政事件訴訟法に規定されている抗告訴訟に右の両者があることは明白であり、本件各裁決に固有の違法のみを主張して提起された本訴が訴の利益を有することは当然のことであつて、この点に関する被告の主張は採用できない。

四、よつて、原告らの本訴請求は正当であるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 水上東作 山田真也 三上英昭)

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